大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和42年(行ケ)6号 判決

原告 岡川貞喜 外一三名

被告 熊本県選挙管理委員会

補助参加人 岩尾豊

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用(参加費用を含む)は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立。

一  原告ら訴訟代理人は「昭和四二年四月二八日執行された八代市長選挙において、その選挙の効力に関し申立てられた異議申立を棄却する旨の市選挙管理委員会の決定に対する審査申立に対し、被告が同年七月二四日付をもつてこれを棄却した裁決を取消す。右選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

二  被告代表者は主文同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張。

一  原告ら訴訟代理人主張の請求原因。

(一)  原告らは昭和四二年四月二八日執行された八代市の市長選挙において選挙人であつた。

右選挙においては、松岡明(無所属)、岩尾豊(自民党)の両名が立候補し、選挙が行なわれたが、右選挙の選挙会は、開票の結果松岡明二七、九五九票、岩尾二七、九六九票の有効投票を得たとして岩尾豊を当選人と決定し、八代市選挙管理委員会(以下市選管という。)はその旨告示した。

原告らは、市選管に対し同年五月四日右選挙の効力に関する異議の申出をなし、同年五月一八日右異議棄却の決定を受けたので、さらに被告に対し同年六月七日審査の申立をしたが、被告は同年七月二四日右審査申立を棄却する旨裁決した。

(二)  選挙無効原因。

しかしながら次に掲げる理由から本件選挙は選挙の規定に違反し、かつ選挙の結果に異動を及ぼす虞があるので無効というべく、被告の右裁決は取消しを免れない。

(1) 選挙人の確認に関する違法。

(イ) 別表一に記載する一一六名については、選挙人名簿に記載された住所にあてて入場券が配布されたが、いずれも住所不明との理由で市選管に返戻され、その旨選挙人名簿に記載されていたので、投票管理者は当然右事実を知り得たにもかかわらず、選挙当日右の者らについて住所の確認等の措置さえも採ることなく、そのまま投票せしめた。

(ロ) 別表二に記載する二三名については、同表に記載するとおり八代市から他の市町村に転出していたので選挙権がなく、かつ選挙人名簿には川辺力、川辺寛子を除きその転出先を記載してあるにもかかわらず(符籖処理されていた者を含む)投票管理者はあえてこれらの者に投票せしめた。

また川辺力は昭和四二年二月北九州市門司区へ転勤し、同年三月妻川辺寛子を含む家族全員同所に転居しており、市選管においても右事実を知りうべき状況にあつたものである。

更に福田カチ子、下川美枝子は共に八代市岡町小路から他町村へ結婚転出した者であつて選挙人名簿によれば福田カチ子の備考欄には「昭和四一年一一月結婚小川町へ」と記載され、下川美枝子については転出先の記載はないのであるが、第四二投票所において、右町内の投票事務従事者下川三千男、地村一隆両名は右選挙人名簿の記載により福田カチ子には選挙権がないことを知りながら同人には投票させ、名簿上は転出を知りえない下川美枝子には投票を拒否しているのであつて、右事実は投票管理者の事務取扱に不正があると推測させるものである。

(ハ) 殿井ミツは昭和四二年二月七日に玉名市から八代市に転入して同市の養老施設である保寿寮に入居したものであり本件選挙に関して選挙権がないことは、同寮の寮長である不在者投票管理者もこれを知りながら同人をして右寮において不在者投票せしめたものである。

以上(イ)、(ロ)、(ハ)の各投票管理者の行為は、公職選挙法第九条、第二七条、第四二条、第四三条、同法施行令第三五条の選挙の規定に違反する管理執行というべきである。

(2) 選挙人名簿調整上の違法。

(イ) 朝川紀世男、同恵子は八代市外へ転出のため、昭和四一年六月二〇日現在の調整に基き同年九月三〇日登録の決定をした選挙人名簿から除かれているが右両名はその後八代市に転入した事実もないのに、同年一二月一三日転入したとして選挙人名簿登録の申出をし、市選管は右事実を知りながら翌年三月三〇日登録決定をして、右両名を同名簿に登録したものでで、右両名は本件選挙において投票している。

(ロ) 西昭雄、西シマノ、中尾ミキ子は熊本市に、戸川明子は八代郡鏡町に、丸田信夫は同郡千丁村にそれぞれ居住し、昭和四一年六月二〇日の選挙人資格一斉調査の結果、同人らは八代市に住所を有しないことが判明していたにもかかわらず、市選管は同人らを選挙人名簿に登録し、本件選挙において投票せしめた。

(ハ) 左記のとおり選挙人名簿の原本と抄本との間に三二名の相違がある。(但し差欄の△は抄本の数が多いことを示す。)

投票区

原本による数

抄本による数

一七

三、七六七

三、七六四

二八

一、四七一

一、四八四

△一三

二九

一、〇八五

一、〇九六

△一一

三〇

一、一一八

一、一二三

△五

(ニ) 左記のとおり、選挙当日市選管の発表した有権者数と選挙人名簿原本上の有権者数との間に九八名の相違がある。

(但し差欄の△は名簿上の有権者数が多いことを示す。)

投票区

公表有権者数

名簿上の有権者数

二、三三五

二、三二九

一、八五八

一、八五九

△一

一、四〇八

一、四〇九

△一

三、四〇六

三、四〇七

△一

一一

二、九六九

二、九六四

一二

三、五三五

三、五三三

一三

二、七六三

二、七六八

△五

一四

一、八二七

一、八二〇

一五

一、五五四

一、五五三

一七

三、七五三

三、七六七

△一四

一八

六一二

六一三

△一

一九

一、九五二

一、九五七

△五

二〇

一、九三七

一、九三九

△二

二一

一、四七四

一、四七五

△一

二二

一、二八九

一、二八八

二六

一、二一六

一、二二一

△五

二七

六六五

六六八

△三

二九

一、〇七四

一、〇八五

△一一

三〇

一、一一〇

一、一一八

△八

三一

一二七

一二九

△二

三二

一、二七二

一、二七一

三三

四四三

四四四

△一

三四

三三一

三三六

△五

三五

八二三

八二五

△二

三六

八六二

八六六

△四

三七

三一七

三一八

△一

四二

一、〇三四

一、〇三三

四三

五六六

五六七

△一

合計

六一、八二六

六一、八七六

九八

( 二四

△七四)

(ホ) 以上は市選管が公職選挙法第九条、第二一条、第二二条の選挙人名簿調整に関する規定に違反したもので、このような不正確な名簿を選挙に供したのは選挙の規定違反である。

(3) 不在者投票の管理違反。

(イ) 選挙人宮崎三郎、楮木のり子、高山林、古川キミエ、三島トヨの五名は、入院中の八代綜合病院において、本件選挙の前々日である四月二六日に不在者投票を行い、高山林は同月二七日に、三島トヨ、宮崎三郎は同月二八日に、楮木のり子、古川キミエは即日右病院を退院している。

(ロ) 選挙人岡野英行は、入院中の八代市労災病院において四月二五日不在者投票を行い、翌二六日同病院を退院している。

(ハ) 選挙人藤山弘、堀口伝蔵、坂上米吉の三名は入院中の八代市立宮地病院において四月二五日不在者投票を行い、藤山弘は同月二六日、堀口伝蔵、坂上末吉は同月二八日に右病院を退院している。

(ニ) 本件選挙に当り、八代市医師会は候補者岩尾豊を推せんすることを決定したが、右医師会会長古閑清紀は岩尾候補後援会会長をも兼ね、その長男古閑到も医師で、岩尾候補を利するため虚偽の事実を記載した文書を頒布する等選挙活動をし、更に荒木病院の院長である荒木外也は岩尾候補の義兄にあたり、同候補の有力な運動員であつた。

以上のように医療関係者中には岩尾候補の支持者が多かつたため、その影響力の強い前記各病院長の管理のもとに、投票所までの歩行困難もない即ち不在者投票事由のない前記九名の選挙人に不在者投票をさせたものであつて、右事実は著しく選挙の自由公正を害し、選挙の規定に違反するものである。

(4) 不正投票看過の違法。

(A) 第三者の指示による投票

(イ) 第三投票所において盲目の選挙人宮永俐が妻セツ子を同伴して本件選挙の投票を行つたが、その際宮永俐が交付を受けた投票用紙に、妻セツ子が代つて記号印を押したのを投票事務従事者成田斉らが発見し、投票管理者に知らせたが、同人はこれを聞き流してそのまゝ投票させた。

(ロ) 第一五投票所において選挙人管野スエモ(八二才)に対し、同人に付添つて来た管野静江が岩尾候補の名前の上に記号印を押すよう指示したので、投票事務従事者橋口実夫が投票管理者永富光雄に注意を促したにもかかわらず、同人は何らの処置をとることもなくそのまま投票させた。

(ハ) 以上両名の投票は選挙人の意思によらない無効投票であり、選挙管理者としてはこれを阻止しなければならないのに、これを黙認看過したことは、公職選挙法第四六条、第六〇条に違反する違法な管理執行である。

(B) 替玉投票

第一六投票所において、選挙人宮脇幸一は自ら投票所へ行かず、同人の妻セヨに入場券を持たせて投票させたが、同投票所の投票管理者は右事実を知りながら、妻セヨの投票を黙認した。

右は公職選挙法第三六条、第四四条、第五〇条に違反する投票管理者の違法な管理執行である。

(5) 「交付済」の押印ある投票用紙の使用。

岩尾候補の得票中に「交付済」の朱印が押捺されている投票一票が存在するが、右は明らかに他事記載であるばかりでなく、成規の投票用紙とはいえないので、かゝる用紙による投票を容認したことは選挙の規定違反である。

(6) 投票管理事務の違法。

(イ) 第八投票所の投票管理者井村輝雄は、投票当日午後三時頃、同投票所の事務従事者泉房雄と共に投票所の外に出て約四〇分間にわたり密談をかわし、井村は投票所に引返したが、泉はそのまゝ外出し約四〇分後に帰所した。

泉が外出中は、井村は泉の席において投票事務の代行をしていたため、この間投票管理者席は空席のままであつた。井村としては自席を離れる場合には、事務主任である三島啓一に投票管理者席へ着くよう指示すべきであつたのに右指示をしなかつた。

(ロ) 右両名が空席中に同投票所において投票した選挙人は約二〇〇名を越え、この投票はいずれも適法な管理下における投票とは認められないので選挙無効の原因をなすものである。

(7) 保管中の投票用紙の不足。

市選管が本件選挙に使用しなかつた記号式投票用紙(予備用紙)一、〇〇〇枚を保管しているというので原告らにおいて点検したところ、一五枚不足している事実が判明した。従来の選挙においては、市選管が発注した投票用紙以外に予備用紙を準備した例は未だかつてなく、右予備用紙の存在自体が選挙の公正を疑わしめるのみならず、それが一五枚不足することは不正に使用されたことを推定するに十分であつて、選挙の自由公正が著しく害されたものといわなければならない。

(8) 投票用紙の保管事務の疎漏。

(イ) 本件選挙の投票日である昭和四二年四月二八日は雨天であつたため市選管は全投票所にビニール布を配布して投票箱の防水措置をとつたが、一投票所の投票箱が雨でずぶぬれとなり、そのため約三〇〇枚の投票が泥水に汚れた。この事は市選管の選挙管理執行の疎漏を如実に示すものである。

(ロ) しかも市選管は右水濡れ票を選挙会場である八代市立第一中学校体育館において開票区分台の上に長時間にわたり拡げて干したため、同所二階覧覧席から右票が見通される状態で投票の秘密が犯されたものというべく、かゝる選挙長の事務管理方法は選挙の規定違反である。

(9) 記号式投票方法の選挙人に対する周知啓発不足。

八代市においては同年三月の市議会において突然記号式投票に関する条例が可決されたため、選挙人は投票記載方法を理解していなかつたにもかかわらず、市選管は同年四月一五日付八代市発行の「広報八代」に投票方法の説明を一回掲載したのみで、それ以外には何らの周知方法も講じなかつた。

そのため本件選挙の開票の結果、無効投票は四四一票を数え、疑問票は実に二、〇〇〇票の多きに及んだもので、如何に選挙人が記号式投票の理解に欠けることの甚だしかつたかを示している。

右は市選管が公職選挙法第六条に定める義務を怠つた結果であり、選挙の管理執行に著しく適正を欠いたものといわなければならない。

(10) 投票用紙の交付数と投票総数の相違。

(イ) 本件選挙における記号式投票用紙の交付数は五五、五五〇枚であるが、選挙録には記号式投票の総数は、五五、五七三票と記載されており、投票総数が投票用紙の交付数より二三枚多くなつている。この事は投票用紙二三枚が不正に使用されたことを示しているものである。

(ロ) 不在者投票処理簿によれば、不在者に交付した投票用紙は八〇二枚(内二名棄権)となつているのに、選挙人名簿では、七七八名が不在者投票をしたことになつていてその間に二二名の相違がある。

その相違が生じた根拠は、

投票を行つた旨の表示を×で抹消しているもの、    九名

投票を行つた表示も符籖もなく棄権となつているもの、一二名

投票立会人により不受理とされたもの、        一名

合計二二名である。

(ハ) 以上の事実は選挙施行について市選管の重大な職務懈怠を意味するものであつて、本件選挙の自由公正を著しく害うものといわなければならない。

(11) 投票録記載の投票者数と投票数の不一致

(イ) 第三〇投票所においては、

投票用紙交付数(当日有権者数)  一、一一〇枚

投票録による投票者数         九八七名

選挙人名簿原本による有権者数   一、一一八名

同    抄本による有権者数   一、一二三名

選挙人名簿に「市投」印のない棄権者数 一五五名

となつている。

(ロ) 以上のように第三〇投票所においては、当日投票した九八七名と棄権者一五五名を合算した一、一四二名が有権者数となることになるが、選挙人名簿原本によれば同投票所の有権者数は一、一一八名であつてその間に二四名の相違がある。その他同投票所の当日有権者数、選挙人名簿の原本、及び抄本の有権者数も全部相違しており、市選管の選挙管理執行における重大な職務懈怠を物語つている。

(12) その他の不正行為。

(A) 不在者投票。

(イ) 別表三記載の四〇名は不在者投票をなしたものであるが、そのうち三一名については、選挙人名簿に投票を行つた旨の表示(「市政」印)がなく、残り九名については、同じく不在者投票をした旨の符籖処理がなされていない。

(ロ) 次の七名は不在者投票をしたにもかかわらず、選挙人名簿には即日投票したことを示す赤の「市投」印を押してあるので、市選管の管結執行上の手落ちのため二重投票をなさしめた疑が濃差である。

投票区

選挙人名簿番号

氏名

備考

三、四五九

山松カオル

豊福園入院者

三九五

吉本甚蔵

〃〃

二、四八三

末広利雄

〃〃

三、一五一

村仲昭二郎

〃〃

一、三五〇

久保田武

一二

七八二

山田ミエ子

一七

追三 六六

杉本繁清

(ハ) 次の一二名については、不在者投票処理簿では投票を行つたことになつているが、選挙人名簿では符籖も市投印もなく棄権者となつているものである。

投票区

選挙人名簿番号

氏名

一、三三一

沼田良

一、五三四

村上アキエ

一、五七七

野田勇

三〇三

白井美代子

四三九

福井定次郎

四四〇

福井サカエ

七六六

大谷諭

松井明之

一、〇八三

林昭三郎

二、〇七九

沢勲

七四九

宮川芳子

一八

二一二

沖田むつえ

(ニ) 次の九名については、選挙人名簿に不在者投票をなした旨の「市投」印を×をもつて抹消している。

投票区

選挙人名簿番号

氏名

備考

三〇八

石村清次

豊福園入院者

二、三三三

松村タマ

二八

三六九

江上利男

一三

一、六三二

和久田政秋

一、〇一一

泉義雄

追一 二七二

梅本ヨシ子

一七

追 四八九

山田和子

八六四

飯田忠一郎

八〇

岡本健次

(ホ) 本件選挙にあたり、熊本県下益城郡松橋町国立療養所豊福園において不在者投票を行つた二一名については、前記のとおり選挙人名簿には、

投票を行つた旨の「市投」印を×で抹消しているもの、 六名

〃  〃   「市投」印がないもの、       九名

赤の「市投」印を押してあるもの、          四名

以上の一九名と、

不在者投票を行つた旨の青の「市投」印を押してあるもの二名。(佐々木明、地福利男)

以上の如く区々に記載されていて市選管の選挙管理執行が余りにも粗雑であり、不正行為を推測せしめるものである。

(B) 記号式投票。

(イ) 次の一六名については、記号式投票を行つた旨の赤の「市投」印が押されているのに、右表示を×で抹消して棄権者としている。右抹消者の内二名(桜田ミサ子、一美英憲)は本件選挙に投票している。

投票区

選挙人名簿番号

氏名

一、三一八

三島留吉

一〇

追 一五六

本島裕壬

一二

追 四五

小林昌一

一三

一、八八三

森山茂治

一三

二、三〇二

池上ヨシノ

一三

二、三〇四

池上秀子

一三

二、五四四

角心サツエ

一五

九七三

河上ソソエ

一五

一、一〇九

坂田昌芳

一六

八八

伊達正

一八

三六五

一美英憲

一八

五五五

本島サカ

二四

三六一

松本松雄

三四

一六八

谷本トミ子

二九

追 七九

桜田ミサ子

一五

八三

藤本巧

(ロ) 次の一〇名については、投票を行つた旨の赤の「市投」印が押されているのに、右表示を×で抹消し、改めて赤「市投」印を押している。

投票区

選挙人名簿番号

氏名

一六

伊達智

一七

宮脇セヨ

二〇

山下富士男

三一

中園シナ

七一

崎村誠

一二八

片岡優

一三

一、九二四

平井リキ

一、五七五

恵見タツエ

一、九八四

平井ミツエ

二、一六七

田口恵美子

(13) 以上述べた点を要約すれば本件選挙は明らかに選挙の管理執行に関する規定に違反するのみならず、著しく自由と公正を害うものというべく、その結果無効票は(1)ないし(4)(たゞし(2)の(ハ)、(ニ)を除く)に記載するものだけでも一五九票に達するのに反し、選挙会において決定した両候補の得票差は僅かに一〇票、被告の裁決でも一六票の差に過ぎず、更に後述の如く岩尾候補の得票中無効とすべき票を差引き、松岡候補に対する投票中被告において無効と判定されたもののうち、有効とすべき票を同候補の得票に加算すれば、両候補の得票差は僅少となので前記選挙の規定違反は、選挙の結果に異動を及ぼす虞のあること明らかといわなければならない。

(14) 被告が岩尾候補に対する有効投票と裁決したもののうち、左記各投票(いずれも別表四記載の番号をもつて示す。以下同じ)は無効である。

(イ) 1は、成規の記載方法によるものではなく、選挙人のまじめな投票意思が認められない。

(ロ) 2は、成規の欄の記号が不完全であつて、意識的な他事記載と認められる。

(ハ) 3、4、は、成規の欄に記載がなく、成規の記載方法によらないものであつて、岩尾候補に投票したものとは認められない。

(ニ) 5、6、は、いずれの候補者に投票したものか確認できない。

(ホ) 7、8、は、成規の記載方法によつたものではなく、岩尾候補に投票する意思が認められない。

(ヘ) 9は、いずれの候補者に投票したものか確認できない。

かえつて松岡候補に投票したものと認められる。

(ト) 10、11、12は、成規の記載方法によつたものではなく、選挙人のまじめな投票意思が認められない。

(チ) 13、14、は、成規の記載方法ではなく、選挙人の投票意思が確認できない。

(リ) 15、16、17、18、は、成規の○印を押捺後抹消したもので選挙人の投票意思が認められない。

(ヌ) 19、20、は、成規の○記号以外のものを記載したものである。

(ル) 21、は、選挙人のまじめな投票意思が認められず、投票の秘密の原則を破る虞れがある。

(ヲ) 22、23、24、25、26、は、いずれの候補者に投票したものか確認できない。

(ワ) 27、は、「イウタカ」と記載され、通読すると「言うたか」「言わないか」に通じ、選挙人のまじめな投票意思が認められない。

(カ) 28、は、「メフン、イワオユタカ」と記載されていて、意識的な他事記載であり、かつ選挙人のまじめな投票意思が認められない。

(ヨ) 29、は、「イツオ」と記載されていて、「ツオ」は「マツオカ」に通じ岩尾候補に投票する意思とは認められない。

(タ) 30、31、32、33、34、35、36、は、成規の○の記載方法によらず、○記号以外の事項を記載した投票であつて選挙人の意思が不明であるから、無効投票である。

右七票はいずれもいわゆる「タドン票」と称せられるもので36を除いては、市選挙会においていずれも無効投票としていたものを、被告の裁決では有効投票としたものである。

(レ) 37、38、39、は、いずれも成規の○の記載方法によつたものではなく、○記号を手記したものとは認められず、雑事記載であつて、選挙人のまじめな投票意思が認められないので無効投票である。

37、38は市選挙会では無効としたものを、被告の裁決では有効投票としたものである。

(ソ) 40、は、三日月状の記号が三個○をつける欄に記載されているが、成規の○の記号としては不完全であり、選挙人のまじめな投票意思が認められないので無効投票である。

(ツ) 41は、いわゆるタドン票であり、成規の○の記号ではなく、しかもそれを抹消しているように見られるので撤回の意思が認められ、無効投票である。

(ネ) 42、43、44、45、46、47、48、49、50、51、52、53、は、いずれも○記号の上に斜線等があり、単なる誤記、汚損の程度、性質を超えたものであつて、一旦岩尾候補に○記号をつけたがこれを抹消したものと推認され、意識的な他事記載というべく、選挙人の投票意思を認めることができないので、無効投票というべきである。

(15) 被告が裁決した無効投票中、左記各投票は松岡候補に対する有効投票とすべきものである。

(イ) 54は、成規の投票用紙に成規の記載をなしたものであるが誤つて岩尾候補に○印を押し、それを抹消する際に、過つて投票用紙を破損したもので他意はない。

(ロ) 55は、投票用紙の松岡候補欄に○印が接して押してあり、岩尾候補欄には関係がない。

(ハ) 56、57、58、59は、投票用紙の松岡候補欄に○印が接して押されており、選挙人が同候補に投票する意思であることは明らかである。

(ニ) 60、61は、投票用紙の裏面に○印を押したものであるが、同用紙は紙質上裏面からも見透せるので成規の記載方法によつたものと認むべく、松岡候補に投票する意思は明らかである。

(ホ) 62、63、64、65、66、67、68、69、70、71は、いずれも松岡候補に投票するまじめな意思が明白であり、同候補に投票したことを確認する意味で岩尾候補を抹消したに過ぎず、これを有効としても投票の秘密が侵されることはない。

(ヘ) 72、73、74は、○の記号の記載方法が不完全ではあるが成規の記載方法によつたものと認めて差支えなく、選挙人の投票意思が明らかである。

(ト) 75、76、77は、松岡候補に対するまじめな投票意思が明白である。

(チ) 78は、○印を押した際、墨が周囲ににじみ出たもので成規の記載方法によつたものと認むべく、松岡候補に対する投票意思が明らかである。

(リ) 79は、不完全ではあるが○印を記載したものと認められ、岩尾候補欄のものは単なる汚れにすぎない。

(ヌ) 80、81、82、83は、松岡候補に投票する意思は明らかであり、欄外の○印は用紙を折り曲げた際に墨が写つたものである。仮りにそうでないとしても単なる押し間違いにすぎない。

(ル) 84は、松岡候補の氏名欄の左側欄外に成規の○記号が一個だけ記載されているが、同所は投票用紙の一番左側の欄で岩尾候補には関係がない場所であるから、選挙人が松岡候補に投票する意思であることは明らかであり、有効投票と認むべきものである。

(三)  被告及び補助参加人の予備的主張に対する原告らの主張。

(1) 被告の予備的主張について。

(イ) 85、86、87は、いずれも松岡候補の氏名上欄に三日月形に○印の一部が記載されているので有効投票である。

(ロ) 88、89は、松岡候補の氏名上欄に完全な○記号が押捺され、岩尾候補の氏名上欄の○記号は抹消されているので、いずれも松岡候補に対する有効投票である。

(ハ) 91は、松岡候補の氏名欄に完全な○印が押捺されており、選挙人が墨の乾かないうちにその上から指で押したために指紋がついたにすぎず、有効投票である。90、92、93、94、95、96は手記又は○の印による○記号の記載で有効投票である。

(ニ) 97、98、99、100、101、102、103、104、105、106については、○印又は手記による○の記載が不完全であつたため、再度記載しなおしたもの、又は○の記号を記載する際に過つて墨がついたもので、いずれも○の記号を抹消する意思が認められず、有効投票と判定すべきものである。

(ホ) 107は最初の○の記載が不完全であつたため、更に○印を押捺したものであり、有効投票である。

(ヘ) 原告らが無効と主張する22、23は、いずれも投票用紙の○をつける欄に記載された記号を問題にしているものであつて、108は候補者の氏名欄に記載された記号であるから原告らの主張と内容が異るものである。

(ト) 141、142、143、144、145、146、147、148、150、151、152、154、157、158、159、160、161、162、163、164、165、166の二二票については、岩尾候補氏名欄の右側空欄に○記載が認められるが、いずれも岩尾候補の氏名欄に全然接着していないので無効投票である。

(チ) 167、169、171は岩尾候補の氏名上欄の○記号の外に他事記載があつて当然無効投票であり、170は岩尾候補の氏名上欄の記号は○の記号ではないから無効である。

(2) 補助参加人の予備的主張について。

原告らが有効と主張する80、81、82、83はいずれも松岡候補の氏名上欄及び投票用紙の右側空欄に○の記号を押捺したもので補助参加人が有効と主張する175、178、179、180、181、182は右の場合とは異るものである。

二  被告代表者及び補助参加人訴訟代理人の答弁並びに主張。

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)(1)  請求原因(二)、(1)の事実について。

(イ) 別表一に記載された一一六名について、選挙人名簿の備考欄に不明と鉛筆で記載されていることは認めるが、これは市選管に返戻された入場券に、入場券配布を委託された町内嘱託員によつて記載された「不明」の文字を、そのまま後日の調査に備えるため参考として移記したにすぎず、市選管においてこれら選挙人が他の市町村に住所を移転したことを確認したものではないから、投票管理者がこれらの者に投票させたことは当然である。

(ロ) 別紙二に記載された選挙人中、織畠恒治、園川好男、宮原朝雄、宮原松代、宮原あきの、成田千代乃、水本レイ子、広谷奈保子の八名については同人らから市選管に対し選挙人名簿登録の異動に関する文書の交付申請書が提出された際、同申請書に記載されていた住所移転日並びに移転先を選挙人名簿に記載したもので、いずれも本件選挙後に記載されたものである。

川辺力、川辺寛子、戸川明子の三名については原告ら主張のような記載はない。

その他の一二名については、投票当日既に選挙人名簿に他の市町村へ転出した旨の記載があつたことは認める。しかしそのうち伊藤秋太郎、坂田初江、福田カチ子の三名については、町内嘱託員が入場券にその旨記入して市選管に返戻したので、市選管は後日の調査の参考のためそのまま移記したに止まり、公職選挙法第二七条にいわゆる表示には該当しないので、投票管理者がこれらの者に投票させたことは規定違反ではない。

仮りに、これらの者の転出が事実であつたとしても当該選挙人の投票行為の違法性は選挙人側にあり、当該投票は潜在無効投票として処理すべく選挙の効力に影響するものではない。

木原シズノ、堤律子、宮田亜津子、坂本教子、真崎智津子、上原康夫、高野正徳、鶴田誠、鶴田真子の九名については、選挙人名簿に符籖を貼付して転出の表示がなされていたが、このうち上原康夫については投票管理者において市選管の符籖処理が誤りであることを確認して投票させたものであり、高野正徳については、兄高野正信が投票したのを投票所事務従事者が誤つて高野正徳が投票したように選挙人名簿に表示したもので、高野正徳は本件選挙においては投票していない。従つて上原康夫および高野正徳については規定違反はない。なお下川美枝子については、投票管理者において同人が他市町村に転出している事実を知つたので投票を拒否したもので当然の処置である。

(ハ) 殿井ミツについては、選挙人名簿に昭和四一年六月二〇日の一斉調査に基き、同年九月三〇日に登録されており、その後市選管に対しては同人の住所移転の通知はなされておらず従つて選挙人名簿には何らの処理もなされていなかつたので不在者投票管理者が同人に投票させたことは違法ではない。

(2)  請求原因(二)、(2)の事実について。

(イ) 朝川紀世男、同恵子は、昭和四一年一一月二五日隣接する八代郡千丁村より八代市八幡町一番一九号に転居し、同日付で同村選挙管理委員会が作成した選挙人名簿登録証明書を添付して同年一二月一三日市選管に選挙人名簿登録の申出をしたので、市選管は同人の住民登録、現地調査等をもとにして住所を確認し、法令に基づく手続を経て昭和四二年三月三〇日に登録したものであり、違法とする根拠はない。

(ロ) 原告らの主張する五名はいずれも昭和四一年六月二〇日市選管が行つた一斉調査の結果、選挙人名簿登録資格があると認めて同年九月三〇日に登録したもので違法とする理由はない。

(ハ) 原告らが主張する登録者数の相違は選挙人名簿の原本と抄本の間における符籖処理の不徹底によつて生じたもので、何ら法令に違反するものではない。

(ニ) 市選管が発表した選挙当日の有権者数は、昭和四二年四月二四日、市選管が、同年三月三〇日の登録者数から、その後の転出、死亡、誤載、失権の数を差引計算したもので、この計算に誤りがあつたとしても選挙の効力に影響するものではない。元来選挙当日の有権者数を計算することは何ら法令上の根拠に基くものではなく、投票率算出の基礎とするためのものに過ぎないから、その計算に誤りがあつたとしても選挙の効力を左右すべきものではない。

(3)  請求原因(二)、(3)の事実について。

原告らの主張する九名は、いずれも入院中の病院において不在者投票をしたというのであるが、その指摘の病院は、被告が公職選挙法施行令第五五条第二項第二号により指定した病院であるから、当該病院の院長は、入院中の選挙人である患者の依頼があれば、市選管に対して不在者投票用紙および同封筒の交付を請求することができるので、請求を受けた市選管の委員長はこれを交付しなければならないものである。この場合、病院長は当該選挙人が選挙の期日に投票所に行つて投票することは病状が許さないとの判断に基いてその請求をなすべきは勿論であるが、病院内での投票を終つた日、またはその数日後退院を可能とする病状の好転をみることもあるべく、また退院しても自宅で静養を要し退院後直ちにその選挙人が投票のため投票所に赴き得るとは限らないのであるから、不在者投票をして一両日後にその選挙人が退院したことをもつて、不在者投票事由が存在しなかつたものと論ずることはできない。

原告らは、多くの医師が岩尾候補の選挙運動を応援し、中には同候補の義兄もあつて指定病院の長と意思を通じて同候補に対する投票獲得のため、作為により不在者投票事由のない者に投票させたと主張するが、その事実はない。

(4)  請求原因(二)、(4)事実について。

(A) 第三者の指示による投票。

(イ) 第三投票所において、盲目の選挙人宮永俐が交付を受けた投票用紙にその妻セツ子が○の記号印を押したという事実はない。

(ロ) 管野静江が管野スエモに対して原告らの主張するような行為に出たとしても、それは管野静江自身の選挙運動に関する規定違反にとどまり、市選管の管理執行違反ということはできない。

(B) 原告ら主張の事実は否認する。

(5)  請求原因(二)、(5)の事実について。

原告ら主張のとおり「交付済」の朱印が押捺された投票一票があることは認めるが、市選管は投票用紙交付の正確を期するため、全投票所に「交付済」の印を備え付け、選挙人から入場券を受け取り投票用紙を交付すると同時に入場券に右印を押捺することとしていたものであつて、右投票は投票用紙交付の事務を担当した事務従事者が、入場券に右印を押すに当つて誤つて投票用紙に押捺したものと認められるものであるから、該投票用紙は成規の用紙であることを否定すべきではなく、これを使用した投票が有効であることはいうまでもない。

(6)  請求原因(二)、(6)の事実について。

本件選挙の第八投票所の投票管理者井村輝雄が投票当日午後三時頃同所の事務従事者泉房雄と共に投票所にあてられた西林寺の本堂外の板縁に出て暫時立話をし、その間その席にいなかつたことは認めるが、右井村は投票所内を見渡すことのできる位置に立つていたのみならず、その間投票管理者の職務代理者たることを命ぜられた三島啓一がいたのであるから、管理事務の遂行が法規に違反したと認めることはできない。

(7)  請求原因(二)、(7)の事実について。

原告ら主張の記号式投票用紙(予備用紙)は、市選管が熊本刑務所に印刷を発注した数量外のものである。

同刑務所では印刷の不鮮明、裁断の誤差等により規格外品の出ることがある場合に備えて受注数を超えて印刷し、検査の結果所定の数量を取り揃えたが、残余の用紙が一、〇〇〇枚あるということで、これを市選管事務局長に引渡したので同局長は発注分については数量を点検したが、余分の用紙についてはこれを点検することなく受け取り、包装に封印して保管していたところ、選挙終了後同市議会議員からこれが点検を求められて数えた結果、九八五枚しかなく一五枚の不足が判明したものである。しかしながら、右刑務所においても一、〇〇〇枚の用紙については数量を確認しておらず、当初から一五枚不足していたことも当然考えられるのみならず、その他の記号式投票用紙の使用状況は、発注数六三、〇〇〇枚、点検受領数六三、〇〇一枚、投票管理者に交付した数、六一、八二六枚(残余保管数一、一七五枚)、選挙人へ交付した数五五、五五〇枚、投票管理者が返戻した数六、二七六枚であつてその受払数は完全に一致しており、前記一五枚が不正に使用された事実のないことを推断することができる。

(8)  請求原因(二)、(8)の事実について。

(イ) 本件選挙の投票箱を開票所に送致するにあたつては、投票箱に雨水の浸入するのを防ぐため防水性の広い布を配布し、投票箱を包んで運搬するように処置したが、たまたま投票箱を送致した時刻に相当強い雨が降つたため、投票所係員の不手際から投票箱に浸入した雨水により投票が濡れたことは好ましくないことではあつたが、幸い投票の効力判定には支障がなかつたので、これをもつて選挙の効力を否定する理由にはならない。

(ロ) 右の水濡れ票を乾燥させるために開票会場内の卓球台上に拡げたことはあるが、たとえそれが参観人席から見えたとしても、誰が誰に投票したものかを判別できるものではなく、投票の秘密を犯したということはできない。

(9)  請求原因(二)、(9)の事実について。

本件選挙前の一月一五日に記号式投票による熊本県知事選挙が執行されたので、市選管はその選挙にあたつてもその方法の周知を計つたことは勿論であり、本件選挙については八代市の広報紙に投票記載方法を掲載して選挙人に周知する手段を講じた。

原告らは知事選挙の投票率をはるかに超える投票率を示した本件選挙においては、記号式投票を経験しない選挙人多数が投票したので、四四一票の無効投票を生じたと主張するが知事選挙で棄権し、本件選挙に投票した選挙人の中には知事選挙にあたつてなされた記号式投票の方法についての広報宣伝により了解していた者もあつたであろうし、本件選挙を前にしての広報、巷間の話題で聞き知つた者もあつたであろうことは想像に難くないところである。昭和三八年四月に行なわれた八代市長選挙における無効投票が、一、五八〇票に達したことと対比すれば、本件選挙の無効投票数をもつて市選管の怠慢に帰することは当らない非難といわなければならない。

(10)  請求原因(二)、(10)の事実について。

(イ) 本件選挙の投票者総数は、不在者投票を含めて五六、三六八人であり、投票総数は五六、三六九であるが、その中には成規の用紙でない紙片二枚が含まれているので、成規の用紙を用いた投票は五六、三六七となり、投票者総数に比して一票が不足し、選挙人の一人が交付された投票用紙を持ち帰つたものと推定される。

他面自書式投票用紙(不在者投票用及び点字投票用)の交付数は八二〇枚で投票されたのは八一八枚である。

前記の投票総数五六、三六七から右八一八を差し引いた五五、五四九が記号式投票用紙による投票である。この点選挙録の記載は誤つているが、これは記号式投票と自書式投票相互間の計算違いであつて、選挙の効力には全く無関係である。

(ロ) 不在者投票と選挙人名簿の相違は、不在者投票処理簿により選挙人名簿にその旨表示する際の誤りであつてこのために不正行為がなされた事実はなく、選挙の効力に影響するものではない。

(11)  請求原因(二)、(11)の事実について。

第三〇投票所の投票者数の九八七名は、投票の際選挙人から出された入場券および投票の進行状況を記録した進度表により確認したもので、事実と相違ないものである。

選挙人名簿の「市投」印は、規定に基づく押印ではなく、若干整理洩れがあり、この整理洩れの「市投」印を基礎にした原告らの主張は意味のないものである。

(12)  請求原因(二)、(12)の事実について。

(A) 不在者投票。

(イ) 本件選挙においては、不在者投票の投票用紙の交付および投票がなされた場合は、まず不在者投票処理簿にその旨記録され、その後選挙人名簿の整理がなされたのであるが不在者投票は、選挙期日の前日の午後五時まで認められており、本件選挙の場合、選挙人名簿は選挙期日の前日に各投票管理者に送付され、その後に不在者投票がなされたため、選挙人名簿の整理が事実上出来なかつたもの、あるいは、不在者投票処理簿により選挙人名簿を整理する場合の整理洩れがあつたもので、このための不正投票の事実はなく、選挙の効力に影響するものではない。

また選挙人名簿に押印する「市投」印については、事務整理上不在者投票分を青色、当日投票分を赤色で行なうようにしていたが、中にはその色を間違えて押印したものがあり、色を取り違えたことをもつて不正投票がなされたということはできない。

「市投」印を×で抹消してあるのは選挙人の欄を間違えて押印したものを抹消したにすぎない。

(ロ) 豊福園における不在者投票二一票については、同園の園長からの代理請求に基づき昭和四二年四月一八日に市選管が投票用紙を交付し、その旨不在者投票処理簿に記載したものである。その後同月二四日ないし二五日に同処理簿に記載されている不在者投票関係全部について、選挙人名簿に投票用紙交付の旨の符籖を貼る作業を行い、その際同処理簿に投票した旨の押印あるものについては、併せて選挙人名簿に「市投」印を押捺したが、前記豊福園関係の二一名はその時点では投票の送付は受けておらず、本来「市投」印は押捺すべきではなかつたものを、処理簿による作業の段階で誤つて押捺したので、その場で×をもつて抹消したもの六名、青色の「市投」印を押捺して×抹消することを洩らしたもの二名、同月二八日の投票当日市選管から各関係投票管理者に不在者投票を送致した際に、第七投票所において赤色の「市投」印を押捺したもの四名がある。

本来豊福園における不在者投票二一票は、本件選挙の投票日の前日である四月二七日に市選管に到達したもので、その時は既に選挙人名簿は各投票管理者に送致されていて市選管では「市投」印を押出することはできなかつたものである。

(B) 記号式投票。

選挙人の欄を間違えて押印したものを抹消したもの、あるいは一度押印した「市投」印が不鮮明のためそれを抹消して再度押印したものであるから、本件選挙を無効とする理由にはならない。

(13)  請求原因(二)、(13)の事実について。

以上述べたとおり(1)、(ロ)に記載した木原シズノ、堤律子、宮田亜津子、坂本教子、真崎智津子、鶴田誠、鶴田直子の七名の投票については、選挙の規定違反による無効票であることは認めるが、被告の審査の結果によれば、両候補の得票差は一六票であるから、右無効票を当選人の得票から差し引いても選挙の結果に異動を及ぼすことはなく、他に本件選挙を無効とする理由はない。

(14)  請求原因(二)、(14)の事実について。

(イ) 1、(別紙四記載の番号をもつて示す。以下同じ。)は、選挙人が意識的に五個の○印をつけたもので、多少のいたづら気が認められるけれども、候補者を侮辱し選挙をやゆする等の意思があつたとは認められず、公職選挙法にも○の記号は一個に限定し二個以上の記載を無効投票とする規定もなく、○の記号を記載すべき欄に記載されているので結局その効力を否定すべきではない。

(ロ) 2は、○をつける欄の記号は明らかに○の印で押捺されたもので、岩尾候補に投票しようとする選挙人の意思は明白である。

なお候補者氏名の欄等に付されたものは有意の他事記載ではなく、○をつける欄に○の印で押捺する際に誤つて汚損したものである。

(ハ) 3、4は、岩尾候補に投票する意思をもつて○の印で押捺したもの、および○の印の端での○の記号を記載したもので選挙人の意思は明らかであり、候補者氏名欄に○の記号が押捺されているものであつても公職選挙法第四六条の二で準用する第六八条の規定に該当しない限り当該候補者の有効投票と認むべきである。

(ニ) 5、6は、いずれも岩尾候補の氏名上欄に○印を押し、墨が乾燥する前に投函するとき折り畳んだため、松岡候補の氏名上欄に写つたものである。

(ホ) 7、8は、○の記号としては不完全ではあるが、いずれも○の印で押捺したことが認められ、○の記号の一部をなしているので有効である。

(ヘ) 9は松岡候補の氏名上欄の記号は単に誤記を訂正したもので岩尾候補の有効投票である。

(ト) 10、11、12は、いずれも○の記号としては不完全ではあるが、岩尾候補に投票する意思で○の印の端をもつて○の記号を記載したものであるから有効投票である。

(チ) 13、14は、スタンプ台に投票用紙を置き、同用紙表面の岩尾候補氏名欄の上欄に○の印で押捺したため、墨のしみが自然に拡がつたもので、選挙人が故意にぬりつぶしたり汚損したりしたものではない。

(リ) 15、16、17、18は、いずれも成規の欄に○の記号が押捺されていることは明らかであり、○の記号のほかに付されたものは○の記号を押捺する前後に誤つて付けられたものであつて、原告主張のような抹消の意思は認められない。

(ヌ) 19、20はいずれも有意の他事記載とは認められない。

(ル) 21については、候補者氏名の記載方法には制限がないので選挙人が岩尾候補に対するまじめな投票意思で投票したことは明らかである。

(ヲ) 22、23、24、25、26については、いずれも岩尾候補に投票する意思が明らかである。

松岡候補の氏名上欄に付されたものは、岩尾候補に投票するつもりであつたのに誤つて松岡候補の氏名上欄に○の印を押しかけてその誤りに気付き、中途で記載を中止したものと認められる。

(ワ) 27は、岩尾豊(イワオユタカ)

の「ユタカ」を書き誤つて「イウタカ」と記載したものである。

(カ) 28は、何かの字を点字器で打刻したが、それが誤りであることを発見したので、その字を消して「イワオユタカ」と記載したもので、原告の主張するメフン、イワオユタカ」と記載したものではない。

(ヨ) 29は「イワオ」と記載されたものである。

(タ) 30、31、32、33、34、35、36は、選挙人は○印を押しただけであるが、墨が多すぎたことと投票用紙が墨の吸収力にすぐれていたため、墨が○の記号の内側に浸潤していわゆるタドン票のような外観を呈するに至つたもので、選挙人が故意にぬりつぶしたものではないことが確認されるから、有効投票と判定すべきである。

(レ) 37、38、39は、選挙人が○印を押す代りに○印用具の端で○の記号を手記したことが認められ、不正確ではあるが○の記号を記載したものと判定されるから、有効投票である。

(ソ) 40は、欄内の記号はいずれも○印の一部であり、不正確ではあるが○印を押したことが認められるので有効投票である。

(ツ) 41は、選挙人が○印を押した際に墨が多かつたことと、投票用紙が水に濡れたため、しみが拡がつたもので選挙人が故意にぬりつぶしたものとは認められないから有効投票である。

(ネ) 42、43、44、45、46、47、48、49、50、51、52、53は、いずれも選挙人が○印を押す際に最初の○印が不正確であつたため、更に押しなおしたものであつて、原告らが主張するように、成規の○記号を抹消しようとしたものとは認められないので、当然有効と判定すべきものである。

(15)  請求原因(二)、(15)の事実について。

(イ) 54は、成規の用紙を用いないもので無効投票である。なお当該破損した投票は、市選挙会において岩尾候補の有効投票と決定されていた中にも二票存在したが、これについても被告は無効投票と決定している。

(ロ) 55は、候補者氏名の欄内及びその上欄の○をつける欄内のいずれにも○の記号を押捺していないので、どの候補者に対して○の記号を記載したものかを確認し難く無効投票である。

(ハ) 56、57、58、59は、右(ロ)に同じ。

(ニ) 60、61は、投票用紙の裏面に○の印を押捺したもので成規の○の記号の記載方法によらない無効投票である。

(ホ) 62、63、64、65、66、67、68、69、70、71は、いずれも有意の他事記載で無効投票である。

(ヘ) 72、73、74は、いずれも○の記号を記載したとは認えられず、○の記号以外の事項を記載したもので無効投票である。

(ト) 75、76、77は、いずれも有意の他事記載で無効投票である。

(チ) 78は、○の印を押捺したものとも、また○の記号を手記したものともいずれとも認められず無効投票である。

(リ) 79は、○の記号以外の事項を記載した無効投票である。

(ヌ) 80、81、82、83は、いずれも他事記載で無効投票である。

その理由は、公職選挙法第六八条第五号は選挙人の投票の秘密を確保するために存するものであつて、選挙人が秘密投票の保障を享受することを希望する場合であると、その保障の利益を自ら放棄して自己がどの候補者に投票したかを他人に知らせることを希望する場合であるとを問わないものであるから、同法条では数個の例外を除き、投票には候補者の氏名を書く以外は、不必要の文字は勿論、記号、符号類の一切の記載を禁じ、その記載ある投票は無効とする旨を定めている。

右の法意は記号式投票においても異るものではないが、同法第四六条の二は記号式投票の無効原因として前記法条全文に代えて「○の記号以外の事項を記載したもの」と読み替え規定を定めていて、○の記号であれば、これを記載すべき箇所以外に数個記載したとしても無効原因とはしないことを定めたかのようではあるが、法が投票の秘密保持の原則を堅持する限り、○の記号と云えどもこれを記載すべき欄と何らの類縁なき部分に記載されたものは有意の他事記載と認められるので、これを符号の一種と認めその投票を無効と解すべきは当然である。

(ル) 84は、○記号の位置から判断して松岡候補の有効投票と認めることはできない。

(三)  被告代表者の予備的主張。

(1) 仮りに原告らが主張する左記上欄に掲げる投票を無効とすれば、それに対応する下欄掲記の松岡候補に対する投票も無効とすべきものである。(いずれも番号は別表四に示すものとする。)

(イ) 7、8

(二票)

85、86、87

(三票)

(ロ) 9

(一票)

88、89

(二票)

(ハ) 10、11、12

(三票)

90、91、92、93、94、95、96

(七票)

(ニ) 15、16、17、18

(四票)

97、98、99、100、101、102、103、104、105、106

(一〇票)

(ホ) 19、20

(二票)

107

(一票)

(ヘ) 22、23

(二票)

108

(一票)

(一四票)

(二四票)

(2) 仮りに原告らが主張する左記上欄に掲げる松岡候補に対する投票を有効とするならば、それに対応する下欄掲記の岩尾候補に対する投票も有効とすべきものである。

(イ) 55、56、57、58、59              (五票) 141、142、143、144、145、146、147、148、149、150、151、152、153、154、155、156、157、158、159、160、161、162、163、164、165、166 (二六票)

(ロ) 62、63、64、65、66、67、68、69、70、71、79 (一一票) 167、168、169、170、171  (五票)

(ハ) 72、73、74、78                (四票) 172            (一票)

計                         (二〇票)              (三二票)

(四)  補助参加人訴訟代理人の予備的主張。

仮りに原告らが主張する在記上欄に掲げる松岡候補に対する投票を有効とするならば、それに対応する下欄掲記の岩尾候補に対する投票も有効とすべきものである。

(イ) 54

(一票)

173、174

(二票)

(ロ) 80、81、82、83

(四票)

175、176、177、178、179、180、181、182

(八票)

(五票)

(一〇票)

三  証拠関係〈省略〉

理由

(一)  請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  そこで原告ら主張の選挙の無効原因について判断する。

(1)  選挙人の確認に関する違法について。

(イ)  別表一に記載された一一六名について選挙人名簿の備考欄に不明と鉛筆で記載されていること、右の者らに対しては市選管が町内嘱託員を通じて本件選挙の入場券を配布したが、いずれも住所不明との理由で町内嘱託員において右各入場券に不明の文字を記載して市選管に返戻してきたので、市選管において、前記のとおり選挙人名簿にその旨記載したこと、右の者らはすべて本件選挙において投票をすませたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第六九号証、証人西田幸男(第一、二回)同矢鉾義行、同小嶋日出章(第一回)の各証言によれば市選管は昭和四一年六月二〇日現在の国勢調査に基き、前年度の基本選挙人名簿と照合して登録資格者を決定し、右名簿を修正したうえ同年九月三〇日これを永久選挙人名簿として適法に確定し、更に同年一〇月一〇日現在及び昭和四二年三月一日現在でそれぞれ追加登録したこと、その後市選管は本件選挙に際し、右選挙人名簿に基いて投票所の入場券を作成し、昭和四二年四月六日頃これを町内嘱託員に依託して選挙人に配布すると共に、選挙人の異動状況を確認し無資格者の投票を防止するため、嘱託員に対し転出者があれば入場券の余白にその旨記入して返戻するよう指示したところ、前記のとおり一一六名については不明と記載した入場券が市選管に返送されて来たこと、市選管は選挙の期日を目前にしてこれら選挙人の住所移転の真否を確認する暇もなく、嘱託員が記載したままを選挙人名簿の備考欄に転記し後日の調査に備えたことが認められる。

ところで公職選挙法第二七条第一項によれば「市町村の選挙管理委員会は選挙人名簿に登録されている者が当該市町村の選挙人名簿に登録される資格を有せず、又は有しなくなつたことを知つた場合には――中略――直ちに選挙人名簿にその旨の表示をしなければならない。」と規定しているが、前記の如く返戻された入場券に転出先が不明と記載されていただけでは、市選管において当該選挙人の登録資格の喪失を知つたということはできないので、選挙人名簿の備考欄に不明と記載したことは同条にいう表示に該当しないものといわなければならない。この事は同条第二項に規定するとおり、当該市町村の区域内に住所を有しなくなつたことにより同条第一項の表示をされた者は、その表示後一年を経過した場合には毎年定時に選挙人名簿から抹消されるという重大な結果を生ずることに鑑みても、市選管が右表示をするにあたつては、選挙人が当該市内に住所を有しなくなつたことを確認したうえで表示することを要するものと解すべきところ、前記の如く単に住居不明と記載された入場券が市選管に返戻されたという事実のみでは未だ市選管が当該選挙人の他市町村への転出を確認したというを得ないからである。

しかも成立に争いのない乙第二三、第二四号証によつて認められる如く、別表一、冒頭掲記の選挙人桑原純熙が、昭和四二年一月三〇日前住所である八代市松江城町四番四〇号から現住所の同市西松江城六番一五号に転居したところ、嘱託員から住居不明として入場券が返戻されている事実に徴しても、一般にかかる記載が必ずしも選挙人の他市町村への転出を意味しないことは明らかであり、他に右一一六名の者が転出によつて選挙権を喪失したことを認めるに足る証拠もない。

原告らは、右一一六名について投票管理者が選挙権の有無を確認せずに投票させたと主張するが、証人矢鉾義行の証言によれば、入場券を持たずに投票所に来た選挙人に対しては受付係において入場券の予備用紙を交付し、当該選挙人に住所、氏名、名簿番号を記載させ、名簿対照係において選挙人名簿と右入場券とを対照して公職選挙法施行令第三五条の確認方法を講じたうえ投票させる手続をとつていたことが認められるので、仮りに右一一六名の者が入場券を持たずに投票所に行つたとしても投票管理者において右確認手続をなしたものと認むべく、その際選挙人名簿の備考欄に不明と記載されていたとしても、投票管理者が右確認方法を講じた以上、更に同人らが八代市内に住所を有するか否かについてまで実質的に審査する義務はないものといわなければならない。

従つて右一一六名に関する原告らの主張は採用できない。

(ロ)  別表二に記載する二三名のうち、川辺力、川辺寛子、戸川明子を除いた二〇名については、選挙人名簿に同表記載のとおり、転出先が記載されていること、そのうち福田カチ子、坂田初江、木原シズノ、堤律子、宮田亜津子、坂本教子、伊藤秋太郎、真崎智津子、上原康夫、高野正徳、鶴田誠、鶴田直子の一二名については、本件選挙の期日前に右名簿に転出先の記載がなされていたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一号証の一、二、第二号証の一、二、第一七ないし第二〇号証および証人小嶋日出章(第一回)の証言によれば、別表二に記載する選挙人広谷奈保子、水本レイ子、宮原朝雄、宮原松代、宮原あきの、成田千代乃、園川好男、織畠恒治の八名については、いずれも本件選挙後に同人らから市選管に提出された選挙人名簿の登録の異動に関する文書の交付申請書に基いて、市選管が同申請書に記載されている住所移転日並びに移転先を選挙人名簿に記載したもので、投票日以前には右名簿に移転先の記載等はなかつたことが認められるから、仮りに同人らが投票日以前に八代市から他市町村へ転出していたとしても、投票管理者が右事実を知らず同人らに投票させたことは選挙の管理執行規定の違反というをえない。

次に同表記載の二三名のうち、木原シズノ、堤律子、宮田亜津子、坂本教子、真崎智津子、上原康夫、高野正徳、鶴田誠、鶴田直子の九名については、本件選挙の期日前に市選管において選挙人名簿に転出先を記載して符籤処理表示をしていたことも当事者間に争いがなく、証人野田一則の証言および右証言により真正に成立したものと認める甲第五号証の三、第五四号証、証人水野晋の証言および右証言により真正に成立したものと認める甲第二一号証の五、証人浜田教子、同鶴田直子の各証言、検証の結果(第一回)並びに成立に争いのない甲第一八ないし第二〇号証を綜合すれば、右九名のうち上原康夫、高野正徳を除く七名は、いずれも本件選挙の期日以前に八代市から他市町村へ転出し、選挙の当日選挙権を有しなかつたにもかかわらず投票をしたことが認められる。

ところで成立に争いのない甲第三号証の一、二、証人西田幸男(第一回)、同矢鉾義行の各証言によれば、市選管は昭和四二年四月二五日各投票所から投票管理者、事務主任、庶務係を招集して選挙事務研修会を開催して選挙事務の研修を行つたが、その際、市選管は選挙人名簿に符籤処理表示をしている者は、市選管において選挙人名簿登録の証明書を発行しているから、同人らが投票に来た場合には右証明書を返還させ、他市町村へ転出していないことが確認できれば投票させてもよいが、その場合には市選管へ連絡したうえ適切な処置をとるように説明したことが認められるので、右七名の符籤処理表示をした者については、投票管理者は右の如く十分な確認手段を講じて選挙権の無い者の投票を防止すべき義務があると解されるところ、本件選挙において投票管理者が右七名についてこのような確認手段をとつたことを認めるに足る証拠がないから、これらの者の投票は明らかに選挙の規定に違反してなされた無効投票であるといわなければならない。

次に上原康夫については、被告は同人に対する符籤処理表示が誤りである旨主張するので判断するに、成立に争いのない甲第六〇・第六三号証、原告岡川貞喜本人尋問の結果真正に成立したものと認める甲第六五号証および右本人尋問の結果並びに証人矢本秋義、同森川道行の各証言を綜合すれば、上原康夫は本籍地の八代市植柳上町五九六一番地に両親、妻子及び弟と共に居住し、同市内の中学校教諭として勤務していたものであるが、熊本県球磨郡一勝地中学校に転任を命ぜられたため、昭和四二年一月二七日両親及び妻子を本籍地に残したまま単身赴任して同郡球磨村一勝地丙三三八番地の右中学校職員住宅に溝口衛と共に同居したが、本籍地に田四、五反を所有していた関係もあり、毎週土、日曜日には帰郷して農耕に従事していたこと、その後同人は同年四月一日、八代市立第二中学校へ転任を命ぜられ、同月六日には着任していることが認められるので、同人が二ケ月余の短期間右一勝地に単身居住していたとしても、同人の住所は依然として前記本籍地にあつたものと認めるのが相当である。

尤も前記甲第六〇号証、成立に争いのない甲第六一号証の一、二、によれば、同人は昭和四二年一月二六日前記一勝地に赴任するに際し、市選管より選挙人名簿登録証明書の交付を受け、同月二七日右一勝地において住民登録をするとともに球磨村選挙管理委員会に対し選挙人名簿の登録申出をした事実が認められるけれども、右事実をもつてしても前記認定を覆えすに足りない。

そして成立に争いのない甲第六二号証の一、二、証人矢本秋義の証言によれば、右上原は、前記選挙管理委員会に登録申出書を提出したが未だ選挙人名簿に登録される以前に前述のとおり、八代市へ帰住したため、同人は同年四月二六日右選挙管理委員会より選挙人名簿未登録証明書の交付を受け、本件選挙の期日に右証明書を持参して八代市第一三投票所へ行つたこと、同投票所においては、同人の選挙人名簿に符籤処理表示がなされていたため、同人から入場券及び右証明書の提出を求めたうえ、事務主任並びに庶務係矢本秋義が協議した結果、上原が前記のとおり八代市内に住所を有する事情をたまたま右矢本が知つていたため、右名簿の符籤処理表示を誤りと認めて上原に投票させたことが認められる。

従つて以上認定事実によれば選挙執行機関が上原の投票を許容したことは選挙の規定違反に該らないものといわなければならない。

更に高野正徳については、成立に争いのない甲第四二号証乙第一二号証の一ないし三、証人高野正信同萩本静夫の各証言によれば、高野正徳の選挙人名簿には本件選挙において投票した旨の「市投」印が押捺してあるけれども、同人は本件選挙当時東海大学に入学し、神奈川県に居住していて投票しなかつたが、同人とその兄高野正信とが選挙人名簿に続いて記載されているうえ、名前がよく似ているため投票所の名簿対照係において、兄正信が投票に来た時「市投」印を押捺する欄を間違えて弟正徳の欄に押したものと認められるから、右は選挙事務従事者の単なる過失であつて、選挙の規定に違反するということはできない。

また福田カチ子、坂田初江、伊藤秋太郎の三名については別表二記載の如く選挙人名簿に他市町村への転出先の記載がなされていたことは前記のとおり当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四六号証、証人橋本カチ子、同伊藤秋太郎の各証言、並びに証人野田一則の証言及び右証言により真正に成立したものと認める甲第二一号証の二によれば、同人らはいずれも本件選挙の期日前にそれぞれ他市町村へ転出していたが、投票日には八代市において投票をすませたことが認められる。

被告は、右三名については町内嘱託員が入場券に転出先を記入して市選管に返戻したのをそのまま選挙人名簿に移記したもので市選管が右住所移転の事実を確認したわけではないから投票管理者がこれらの者に投票させたことは規定の違反ではないと主張するので按ずるに、前記(1)(イ)に述べたとおり右三名についての転出先の記載は公職選挙法第二七条第一項にいう表示には該当しないけれども、証人山下市蔵の証言によれば、町内嘱託員は世帯台帳、世帯構成一覧表等を備えて町内住民の転出転入等の事務を取扱つている関係上住民の異動についてはほぼ正確にこれを把握しているものと認められるから、入場券配布の依託を受けた町内嘱託員が選挙人の転出を知つて当該入場券に他市町村への転出先まで記載してこれを市選管に返戻した場合には、前記(1)(イ)の如く単に不明とのみ記載して入場券を返戻した場合と異り当該選挙人が住所移転により選挙権を喪失したことの蓋然性が強いので、選挙人名簿の備考欄に右転出先を明記している選挙人については投票管理者は選挙人名簿と対照する際に右記載に留意し、前記符籤処理表示者に準じて十分住所移転の有無を確認したうえ、投票の可否を決すべき義務があると解され、前記甲第三号証の一、二、証人矢鉾義行の証言によれば、市選管においても前述の選挙事務研修会において投票管理者らに対し「入場券発行後県外移動、県内移動の判明したものは名簿の備考欄に鉛筆で移動先を記入してあるので、これも投票させないこと。」を特に指示している事実が認められるにもかかわらず、証人橋本カチ子、同伊藤秋太郎の各証言によれば、本件選挙の投票にあたり、投票事務従事者は右両名については単に入場券と選挙人名簿とを対照したのみで、他に同人らの住所移転の有無につき特段の確認方法を講ずることなく、漫然投票用紙を交付した事実が認められ、坂田初江についても右確認方法をとつた事実を認めるに足る証拠がないので、以上三名の投票は、選挙執行機関の規定違反による無効投票といわなければならない。

更に戸川明子、川辺力、川辺寛子の三名については選挙人名簿に各転出先の記載がなされていたとの事実を認めるに足る証拠はない。

そして成立に争いのない甲第二、第二三号証の一、第三一、第三二号証の各一、二によれば、本件選挙において川辺力、川辺寛子は市選管から不在者投票用紙の交付を受け、川辺力は北九州市門司区において不在者投票をなし、同投票は第三〇投票所において受理され、川辺寛子は投票当日不在者投票用紙を返還して同投票所において投票し、戸川明子も投票当日投票所において投票した事実が認められるけれども、市選管及び当該投票管理者が右三名の他市町村への転出の事実を知りながらこれを黙認して投票を許容したとの事実を認めるに足る証拠がないので、右各投票は当選無効における潜在的無効投票として処理されることはあつても、選挙の効力を左右すべきものではない。

以上の事実によれば結局別表二に記載する者のうち選挙の規定違反による無効投票は前一〇票にとゞまるものといわなければならない。

(ハ)  殿井ミツについては、成立に争いのない甲第四三号証の戸籍の附票によれば、同人は昭和二五年二月一五日から八代市に居住していたが、昭和四一年八月二九日同市より熊本県玉名市への移転し、更に昭和四二年二月七日再び八代市へ移転した旨記載されていることが認められるけれども、他方成立に争いのない乙第三号証によれば、同人は昭和四〇年一二月二〇日確定の基本選挙人名簿に登録され、その後前記(1)(イ)に認定したとおり、昭和四一年六月二〇日の国勢調査に基き同年九月三〇日確定した現行選挙人名簿に登録され、爾後右名簿については住所移転の処理がなされていなかつた事実が認められるので、仮りに同人の住所移転が前記戸籍の附票のとおりであつたとしても、成立に争いのない甲第三一、第三二号証の各一、二、証人村岡正(第二回)の証言によつて認められる如く、市選管としては右事実を知らず殿井ミツが入居中の老人ホーム保寿寮の長の請求に応じて不在者投票用紙を送付し、同人が右保寿寮においてなした不在者投票を同人の属する第四投票区の投票管理者が受理したことは、選挙の規定違反というをえない。

(2)  選挙人名簿調整上の違法について。

(イ)  成立に争いのない乙第四号証の一ないし四、甲第八号証の一ないし四によれば、朝川紀世男、同恵子は昭和四一年一一月二五日熊本県八代郡千丁村から八代市八幡町に転入したと称して同年一二月一三日市選管に対し選挙人名簿の登録の申出をしたので、市選管は昭和四二年三月一〇日同人らを選挙人名簿に登録すべきものとして決定し、同月三〇日その登録をしたことが認められる。

しかしながら公職選挙法施行令第一八条第一項によれば、右の決定をする場合には、市選管はその者が登録される資格を有しているかどうかを調査するものとし、その資格を有することについて確認が得られないときは、その者を登録すべき者として決定してはならない旨規定しているところ、証人小嶋日出章(第二回)の証言によれば、朝川紀世男から登録申出書が提出された際に、市選管の職員である小嶋日出章が朝川に対して八代市へ転入したか否かを口頭で質問したのみで、その後現地調査等の確認手段をとらなかつたことが認められる。尤も前記乙第四号証の二によれば住所確認方法として住民登録によつた旨記載しているが、成立に争いのない甲第四四号証住民票によれば、朝川紀世男らが昭和四一年一一月二五日八代郡千丁村から八代市八幡町へ転入した旨の記載はなく、かえつて原告岡川貞喜本人尋問の結果及びこれによつて真正に成立したものと認める甲第七〇、第七一号証、証人村岡正(第三回)の証言を綜合すれば、朝川紀世男らが八代郡千丁村から八代市へ住所を移転したことも疑わしい事情が認められるので、以上の事実を綜合すれば、市選管は朝川紀世男、同恵子が登録資格を有するか否かについて十分な調査をせず、その確認がえられなかつたにもかゝわらず同人らを登録すべき者として決定したものといわなければならない。従つて右は選挙人名簿調整上の瑕疵であるが、かゝる瑕疵は選挙人名簿に関する争訟によつて是正すべきものであつて、名簿を無効ならしめるものではないから選挙の効力に影響はない。

(ロ)  西昭雄、西シマノ、中尾キミ子、戸川明子、丸田信夫については、同人らが市選管の選挙人名簿に登録されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第五ないし第八号証の各一、二によれば、市選管は昭和四一年六月二〇日現在で同人らの登録資格につき実態調査をなしたうえ同人らを選挙人名簿に登録したことが認められる。

しかしながら、右五名のうち中尾ミキ子を除く四名については、成立に争いのない甲第五号証の一、二、原告岡川貞喜本人尋問の結果及びこれによつて真正に成立したものと認める甲第五五号証、証人田島己市、同村岡正(第三回)同泉寿蔵、同梶原留男の各証言によれば、西昭雄、西シマノは熊本市に、戸川明子は八代郡鏡町に、丸田信夫は同郡千丁村にそれぞれ居住して前記実態調査当時には同人らは登録資格がなかつたことが認められる。

従つて右四名については選挙人の資格に関する市選管の調査が疎漏との非難を免れないが、右事実をもつて直ちに選挙人名簿が無効となるものではないから、本件選挙の効力に影響はない。

また中尾ミキ子については、前記乙第六号証の一、二及び証人小嶋日出章(第二回)同矢鉾義行の各証言によれば、同人は昭和四〇年九月一五日現在の選挙人名簿に登録されていたが、昭和四一年六月二〇日現在の実態調査票には当初同人の氏名が記載されていなかつたので、その後市選管において世帯主市川猛康に照会した結果、中尾キミ子が同居していることが判明したので同人を選挙人名簿に登録したことが認められ、他に右事実を覆えすに足る証拠はないから、同人の登録には名簿調整上の違法はない。

(ハ)  成立に争いのない甲第二九号証の一、二によれば、選挙人名簿の原本と抄本との間に原告ら主張の如き相違があることが認められる。

しかしながら、選挙人名簿が適法に確定していることは前記(1)(イ)において認定したとおりであり、同名簿の原本と抄本との間に前記の相違を生じた原因については明確を欠くけれども弁論の全趣旨によれば、市選管における名簿の符籤処理表示の不徹底、脱漏等単なる事務処理の不手際に起因するものと推測され、市選管に何らかの悪意が存したとの立証もないので、右事実のみでは選挙の規定違反と断ずることができない。

また証人矢鉾義行の証言によれば、本件選挙においては、各投票所に選挙人名簿の原本及び抄本を備えて選挙人確認の用に供したことが認められるから、抄本に符籤処理の遺脱、誤載等があつたとしても適法に確定した原本が存する以上、選挙人の確認には何らの支障もないので、この点の原告らの主張も採用できない。

(ニ)  前記甲第二九号証の一、二によれば、選挙当日有権者数と選挙人名簿原本上の有権者数との間に原告ら主張のとおり九八名の相違があることが認められる。

証人矢鉾義行の証言によれば、当日有権者数は選挙の投票率の算定と各投票所へ投票用紙を配布する基準にするため、投票日の三、四日前に選挙人名簿に基いて市選管が算出したものであるが、その後投票日までの間に死亡、転出等のために有権者数に変動が生ずること、また当日有権者数を算出する際に計算の誤りがあつたこと等に起因して選挙人名簿の有権者数との間に相違を生じたことが認められるから、右相違があるからといつて選挙の効力を左右すべきものではない。

(3)  不在者投票の管理違反について。

成立に争いのない甲第一四ないし第一七号証によれば、原告ら主張の九名が、その主張にかかる病院において不在者投票をなした後、それぞれ主張の日に退院したことが認められ、右不在者投票をした日については被告において明らかに争わないので自白したものとみなす。

ところで、弁論の全趣旨によれば、右各病院はいずれも被告が公職選挙法施行令第五五条第二項第二号により指定した病院であることが認められるから、当該病院の院長は入院中の選挙人である患者の依頼があれば、不在者投票用紙及び同封筒の交付を請求することができるので、請求を受けた選挙管理委員長はこれを交付しなければならない。勿論この場合当該病院の院長は選挙人が選挙の期日に投票所に行つて投票することは病状が許されないとの判断に基いてその請求をなすべきであるが、病院内での不在者投票を終つた日またはその一両日後に退院を可能とする症状の好転をみることもありうるし、また退院したとしても自宅で静養することを要し、退院後直ちに投票のために投票所へ行くことは困難な病状であることもありうるので、前記九名の者が不在者投票をした日またはその一両日後に退院したことをもつて直ちに不在者投票事由がなかつたものと速断することはできず、他に右病院長の不在者投票事由の認定が誤りであつたことを認めるに足る証拠はない。

また原告らは、八代市医師会が岩尾候補を推せんし、同候補の義兄を含む多くの医師が選挙運動を応援していたため、その影響力の強い前記各病院の院長の管理のもとに不在者投票事由に該当しない入院患者に投票させたと主張するけれども、右事実を認めるに足る証拠はないので、原告らの右主張は排斥を免れない。

(4)  不正投票看過の違法について。

(A)  第三者の指示による投票。

(イ) 成立に争いのない甲第四七号証、証人成田斉の証言によれば、第三投票所において両眼視神経萎縮のため殆ど盲目に近い選挙人宮永俐が妻セツ子と共に投票を行つた際、宮永俐が交付を受けた投票用紙にセツ子が代つて○の記号を押捺して投票したこと、当時同投票所の投票用紙交付係山本キン子がこれを認めて制止しようとして声をかけたが間に合わず、右セツ子が投票を終えたことが認められる。

右事実によれば同投票所の投票管理者が右不正投票を制止しようにもその余裕がなかつたものというべく、同人が、右山本らから報告を受けながらこれを聞き流して右セツ子の投票を容認したとの事実は認められないから、選挙執行機関の規定違反ということはできない。

(ロ) 証人橋口実男の証言によれば、第一五投票所において選挙人管野スエモが投票するに際し、同人に付添つて来た管野静江が隣接する記載台から右スエモの耳許に何事かをささやいた事実が認められるが、仮りにそれがある特定候補に対する投票の指示であつたとしても、その事は右静江の一種の選挙運動と見るべき行為であつて執行機関の規定違反には該らないといわなければならない。

勿論右静江の行動が投票の勧誘に当る場合には、投票管理者はこれを制止し、命に従わないときは投票所外に退出せしめることができるわけであるが、右証人橋口実男の証言によれば、静江がスエモの耳許で何事かを指示したのは極めて短時間のことであつて、投票管理者が橋口実男の注意によりこれに気付いたときは、既に右指示行為が終了した後であつたことが認められるから、投票管理者が事後に右静江に対し何らの注意もしなかつたとしても、これをもつて選挙の規定違反というをえない。

(B)  替玉投票。

成立に争いのない甲第二七号証の二、証人永井ユキエの証言により真正に成立したものと認める甲第二七号証の一及び同証言によれば、選挙人宮脇幸一は選挙の当日足が悪いため自ら投票所へ行かず、その妻セヨに同人の入場券を持たせ第一六投票所において同人の代りに投票させた事実が認められる。

そして証人矢鉾義行の証言によれば、入場券は男が青色、女が赤色と色分けしてあり、投票所の受付係において男女別の進度表を備えてその番号を入場券に書き入れ、名簿対照係において、その入場券と選挙人名簿とを対照して選挙人を確認したうえ投票用紙を交付する手続をとつていた事実が認められるので、前記の如く妻が夫に代つて投票することは、投票所の選挙事務従事者が右替玉投票を故意に黙認するか、若しくは重大なる過失によつてこれを看過する以外には起りえないことであるから他に前記認定を覆えすに足る証拠のない本件においては、宮脇幸一の替玉投票は選挙執行機関の規定違反による無効投票と解すべきである。

(5)  「交付済」の押印ある投票用紙の使用について。

岩尾候補の得票中に「交付済」の朱印が押捺されている投票一票があることは当事者間に争いがないが、証人矢鉾義行の証言によれば、投票所においては選挙人に投票用紙を交付する場合に投票用紙交付係が入場券を受け取り、投票用紙を交付すると同時に入場券に「交付済」の印を押捺する取扱をしていたことが認められるので前記投票は右交付係が入場券に同印を押捺するにあたり誤つて投票用紙に押したものと推定すべく、他に右推定を覆えずに足る証拠はない。

とすれば右投票は選挙人が他事を記載したものでもなければまた成規の用紙であることを否定すべきものでもないから、原告らのこの点についての主張は理由がない。

(6)  投票管理事務の違法について。

証人泉房雄の証言及び検証の結果(第一回西林寺の分)によれば、第八投票所の投票管理者井村輝雄が投票当日午後三時頃同所の名簿対照係泉房雄と共に投票所にあてられた西林寺の本堂から庫裏に通ずる廊下に出て五分ないし十分間立話をしたこと、その間投票に来た選挙人は殆どなく、右井村が立つていた位置からは投票所内が見渡せたのみならず投票管理者の職務代理者たる事務主任三島啓一が在席していたことが認められ、証人三島啓一、同成田増男の各証言中右認定に反する部分は措信し難い。勿論投票管理者たる者がみだりにその席を離れて室外に出ることは許されるべきことではないが、前記認定の事情のもとにおいては、選挙の管理に支障はなかつたものと認められるので、選挙の効力に影響はなく、原告らの主張は採用できない。

(7)  保管中の投票用紙の不足について。

成立に争いのない甲第九、第一〇号証及び検証の結果(第二回)並びに証人吉本慎次郎、同小嶋日出章(第一回)、同副島郁朗の各証言によれば、市選管は熊本刑務所に対し本件選挙のために記号式投票用紙六三、〇〇〇枚の印刷を発注したところ、同刑務所は昭和四二年四月二二日及び二四日の二回に亘つて記号式投票用紙合計六三、〇〇〇枚と、それ以外に予備としてハトロン紙で別個に包装し、表面に赤鉛筆で一、〇〇〇票と記載した記号式投票用紙の梱包を納入したこと、右予備用紙は同刑務所が印刷の不鮮明、裁断の誤差等から規格外の投票用紙が出る場合の事を考慮して、印刷の際に余つた投票用紙を予備として納入したもので、数量については正確な点検もせずに送付したこと、市選管においても右予備用紙については注文以外のものでありそれを使用する必要もなかつたので、同刑務所より送付されたものをそのまゝ開披せず紙紐でしばり、市選管事務局長が封印してキヤビネツト内に保管していたこと、同年五月一五日八代市議会議員村岡正らより右予備用紙の点検を求められた際に、市選管において右封印及び梱包紙を破つてその数量を点検したところ、同用紙は九八五枚しかなかつたこと、しかしながら、右予備用紙は帯封で固く結束されており、点検に立合つた者が帯封のされたまま同用紙を数枚引き抜こうとしたがそれが出来ないような状態で保存されていたことが認められ、証人副島郁朗の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に対比して措信し難い。

以上の事実によれば右予備用紙は前記刑務所から納入されたままの状態で保管されていたものというべく、他に同用紙一五枚が抜き取られて不正に使用されたという事実を認めるに足る証拠のない本件においては、右予備用紙は当初より九八五枚しか存在しなかつたものと認められるので右原告らの主張は失当である。

(8)  投票用紙の保管事務の疎漏について。

(イ)  本件選挙の投票日である昭和四二年四月二八日は雨天であつたため、市選管は全投票所に対し防水性の広い布を配布し運搬の際に投票箱に雨水が浸入することを防止する措置をとつたが、開票所へ運搬されて来たある投票所の投票箱に雨水が浸入して投票用紙若干枚が漏れていたことは当事者間に争いがないが、弁論の全趣旨によれば、そのために右水濡れ票の投票の効力判定には何らの支障も生じなかつたことが認められ、他に右雨水の浸入につき選挙執行機関が不正な意図をもつて作為したものと認むべき証拠はない。

従つて、単に水濡れ票の存在をもつて本件選挙の効力を否定することは許されない。

(ロ)  次に市選管が右水漏れ票を乾燥させるために、開票所にあてられた八代市立第一中学校体育館の開票区分台の上に拡げたことは当事者間に争いがない。

そして証人矢鉾義行、同浜田憲型(第一、二回)、同浜田一穂の各証言及び検証の結果(第一回、八代市立第一中学校を体育館の分)綜合すれば、右水濡れ票は開票開始後右体育館の市長票区分台のうち二台の上に暫時拡げて置かれたものであるが、市選管は右投票が何れの投票所のものであるかを一切秘密にしていたこと、当時同体育館二階観覧席には相当数の参観者がおり、中には望遠鏡を持参して右水濡れ票を見ていた者もあつたが、相当距離が離れていたことと、数人の開票事務従事者が右区分台の周囲に立つていたため右投票の記載内容を明確に判別しうる状況にはなかつたことが認められるから、右水濡れ票を区分台の上に拡げたことをもつて直ちに投票の秘密を犯したものということはできず、この点に関する原告らの主張は理由がない。

(9)  記号式投票方法の選挙人に対する周知啓発不足について。

成立に争いのない乙第一〇号証、証人西田幸男(第一回)の証言によれば、八代市においては昭和四二年三月市議会において記号式投票に関する条例が制定されたが、本件選挙を目前にして市選管は多忙を極めていたうえ、選挙の期日までの時間的余裕もなかつた関係上、市選管は同年四月一五日頃市報「八代市政だより」に一度だけではあるが選挙の特集号を編輯して各家庭に配布し、記号式投票の方法を含めて本件選挙に関する必要事項の周知を計つたこと、同年一月一五日に執行された熊本県知事選挙においても記号式投票方法によつて選挙が行われ、その際も選挙広報、ちらし等を配布して選挙人に記号式投票方法を周知させる方法を講じたこと、昭和三八年四月に行われた記名式投票方法による八代市長選挙においては無効投票が一、五八〇票に達したが、本件選挙ではそれが四四一票に過ぎなかつたことが認められる。

以上認定の事実を綜合すれば、市選管の選挙人に対する選挙の啓発、広報活動が著しく適正を欠いたものであるということはできないので右原告らの主張も失当である。

(10)  投票用紙の交付数と投票総数の相違について。

(イ)  成立に争いのない甲第一一号証、乙第一一、第一四号証及び検証の結果(第二回)によれば、本件選挙の投票者総数は不在者投票及び点字投票をした者も含めて合計五六、三六八人であり投票総数は五六、三六九票であるが、その中には成規の用紙ではない単なる白紙に雑事を記載した紙片二枚及び八代市議会議員選挙の投票用紙一枚が含まれているので、市選管が交付した成規の用紙を用いた投票は五六、三六六票(但し、記号式投票用紙を半分に破つた結果成規の用紙ではなくなつた無効票一票を含む。)となり、投票者総数に比して二票不足することが認められる。右二票の不足については、後述の如く、記号式投票については投票者数と投票総数が一致するので、不足分は不在者投票及び点字投票中に存するものと解され、前記甲第一一号証、成立に争いのない甲第三一号証の二、及び証人村岡正(第三回)の証言によつて認められる、第二七投票所において不受理とされた不在者投票者前田忍の投票一票、右甲第一一号証、成立に争いのない甲第一二号証の一、二、同第四九号証及び検証の結果(第二回)によつて認められる点字投票一票の紛失(開票当時及び被告の審査当時一八票存在したものが、検証(第二回)当時一七票しか存在しなかつた。)が右不足分に該当するものと考えられるが、弁論の全趣旨によれば右点字投票一票の紛失は本件選挙後、被告の審査の段階において投票を再点検した際に紛失したものと推定されるから、本件選挙の効力を左右するものではないといわなければならない。

また前記甲第一一号証の選挙録によれば、記号式投票数五五、五七三票、不在者投票及び点字投票合計七九六票と記載されているのに対し、前記甲第一二号証の一、二によれば、記号式投票用紙の使用枚数は五五、五五〇枚と記載されているので記号式投票の投票数が用紙の使用枚数よりも二三枚多くなることが計算上明らかである。

しかしながら検査の結果(第二回)によれば、記号式投票数は五五、五五三票(うち成規の用紙でない前記三票を含む。)不在者投票、点字投票数は八一六票であり、記号式投票数において選挙録よりも二〇票少く、不在者投票及び点字投票数において二〇票多くなつているので、右選挙録の記載は、選挙会において選挙録作成当時記号式投票と不在者投票、点字投票の区分計算を誤つて記載したものに過ぎないものと認められる。

従つて、記号式投票数は前記成規の用紙でない三票を除き五五、五五〇票となるから、前記記号式投票用紙使用数五五、五五〇枚と一致し、その間に何らの矛盾も生じない。

また検証の結果(第二回)によれば、記号式投票用紙の残数は六、二七八枚、未使用数は一、一七五枚であることが認められ、これに前記記号式投票数を加算すれば記号式投票用紙は合計六三、〇〇三枚(前記成規の用紙でない三枚を除く)となつて、前記甲第一〇号証によつて認められる熊本刑務所からの納入数量記号式投票用紙六三、〇〇〇枚よりも三枚多くなるが前記(7)において述べた如く予備用紙一五枚が不正に使用されたことが認められない本件においては、記号式投票用紙が納入枚数よりも三枚多いということは、前記刑務所の納入枚数に計算の誤りがあつたものと推定されるのみであつて、何人かが投票用紙を不正に使用したものと推認することは許されず、しかも記号式投票による投票数と投票者数とは合致するので選挙の結果には影響がないものというべくこの点に関する原告らの主張は採用できない。

(ロ)  成立に争いのない甲第一三号証第三〇ないし第三二号証の各一、二、第三三号証の二、五、六及び証人村岡正(第三回)の証言によれば、不在者投票処理簿による不在者投票をした者の数は八〇〇名となつているのに、選挙人名簿による不在者投票をした者は七七八名となつており、その差二二名の内訳は

投票を行つた旨の表示を×で抹消しているもの、    九名

投票を行つた表示も符籤もなく棄権となつているもの、一二名

投票立会人により不受理とされたもの         一名

であることが認められるが証人小嶋日出章(第二回)の証言によれば、投票立会人により不受理とされた前記前田忍一名を除くその他の二一名については、市選管において不在者投票処理簿に基いて選挙人名簿に不在者投票用紙を交付した場合の符籤処理及び投票が送つて来た場合の表示をする際に誤つて処理したものと認められ、このために不正行為がなされた事実を認めるに足る証拠はないので市選管における右事務処理の不手際はあつたとしても選挙の効力に影響するものではないといわなければならない。

(11)  投票録記載の投票者数と投票数の不一致について。

成立に争いのない甲第二四、第二九号証の各一、二証人村岡正(第三回)の証言及び右証言により真正に成立したものと認める甲第二五号証の一、二によれば、第三〇投票所においては、

当日有権者数          一、一一〇名

投票録による投票者数        九八七名

選挙人名簿原本による有権者数  一、一一八名

同抄本による有権者数      一、一二三名

選挙人名簿に「市投」印のない数   一五五名

となつていることが認められる。

証人矢鉾義行の証言によれば、右各数のうち投票録による投票者数は、選挙人から回収した入場券の数、投票の進行状況を記録した進度表、及び交付した投票用紙の数によつて確認したもので正確な数字であるが、選挙人名簿の「市投」印は若干整理洩れ、誤載等があつて必ずしも正確でないことが認められるから、右「市投」印を基礎とした原告らの主張は理由がない。

尤も前記記載のとおり選挙人名簿の原本及び抄本の不一致、「市投」印の不正確等は選挙執行機関の職務上の過誤を物語るものではあるが、これをもつて直ちに選挙執行機関の規定違反ということはできない。

(12)  その他の不正行為について。

(A)  不在者投票。

原告ら主張の(12)、(A)、(イ)ないし(ホ)の事実については被告において明らかに争わないので自白したものとみなす。

そして、前記甲第三三号証の二、六、七、証人小嶋日出章(第二回)の証言によれば、前述の如く市選管は不在者投票用紙の交付及び同投票の送付を受けた場合には、先ず不在者投票処理簿にその旨を記載し、その後に選挙人名簿に整理する手続をしていたものであるが、不在者投票は選挙期日の前日の午後五時まで認められており、本件選挙においては、市選管は選挙期日の前日に選挙人名簿を各投票管理者に送付したため、その後に送付された不在者投票は選挙人名簿に整理できなかつたものであり、また選挙の期日を直前にして事務が輻輳した時期に、不在者投票処理簿から選挙人名簿を整理したため、整理洩れ、「市投」印の押し違い等の過誤を生じたこと、特に豊福園関係の二一名の不在者投票は、市選管で選挙人名簿を整理した時点においては投票の送付を受けてなく、本来「市投」印を押捺すべきではなかつたものを、誤つて押捺したもので、その場でその誤りを発見して直ちに×をもつて抹消したもの六名、抹消することを洩したもの二名があり、また投票当日市選管から各関係投票管理者に不在者投票を送致した際に、第七投票所において右豊福園関係の四名について誤つて即日投票した旨の赤の「市投」印を選挙人名簿抄本に押捺したことが認められる。

従つて以上はすべて選挙執行機関の選挙人名簿整理上の手落ちではあるが、右名簿の「市投」印は元来公職選挙法に基づく押印ではなく、このために不正行為がなされた事実は認められないので、右事実をもつて選挙の効力に影響する選挙執行機関の規定違反というを得ない。

(B)  記号式投票。

原告ら主張の(12)、(B)(イ)、(ロ)の事実(但し桜田ミサ子、一美英憲が本件選挙に投票した点を除く。)は被告において明らかに争わないので自白したものとみなす。

成立に争いのない乙第二八号証の一、二及び公文書なるにより真正に成立したものと推定すべき乙第二七号証によれば、一美英憲の投票所入場券は、同人の投票場所である第一八投票所においては受領されておらず、かつ同投票所における投票者数と回収した入場券数とは一致することが認められるので、同人は右投票所において投票しなかつたものと認むべく右認定に反する証人一美英憲の証言は措信できない。

また証人久保長俊の証言及び右証言により真正に成立したものと認める甲第七八号証によれば、桜田ミサ子は本件選挙の期日に投票したことが認められるので、選挙人名簿に同人が投票した旨の「市投」印を×をもつて抹消しているのは誤りといわなければならない。

しかしながらその他の選挙人名簿の「市投」印の抹消及び「市投」印の再押捺が事実に反する誤記又は二重投票と認むべき証拠はなく、また前記桜田ミサ子の分も選挙執行機関が不正の意図をもつて故意に抹消したものと認めるに足る証拠はないから右各事実をもつて選挙の規定違反となすことはできない。

(13)  以上述べた点を要約すれば、前記(1)、(ロ)に記載する一〇名の投票、及び(4)、(B)に記載する宮脇幸一の替玉投票一票合計一一票は選挙執行機関の選挙の規定違反による無効投票であるが、その他の事実については、選挙執行機関が選挙の規定に違反し若しくは選挙の自由公正が著しく阻害されたものとは認められないから、結局前記一一票の無効投票を当選者の得票から差引き、落選者の得票数と対比して選挙の結果に異動を及ぼすおそれの有無を判定すべきところ、本件選挙の選挙会において決定した岩尾、松岡両候補の得票差は一〇票、被告の裁決では一六票となつているので、選挙の結果に異動を及ぼすか否かを判断するためには各候補者の得票数を正確に計算し直す必要があるといわなければならない。一般に選挙訴訟においては個々の投票の効力いかんによつて選挙の効力が左右されることは通常有りえないので、右訴訟において個々の投票の効力を審査することは許されないわけであるが、本件の如く、両候補の得票差が少く、しかも選挙会における決定と被告の裁決とでは得票差が異るうえ選挙の規定違反による無効投票の数を確定しうる場合には、選挙の結果に異動を及ぼすか否かを判断するために、個々の投票の効力を審査する必要があるものと考える。

よつて以下両候補者の得票数について検討する。

(14)  岩尾候補の有効投票中無効と主張するものについて。

(イ)  1、(別表四記載の番号をもつて示す。以下同じ。)は、岩尾候補の氏名上欄の○の記号を記載すべき欄に五個の○記号を記載したもので、選挙人の多少のいたずら気は認められるが、候補者を侮辱し選挙をやゆする等の意思があつたとは認め難く、また右記載をもつて他事記載であるとか、秘密投票の原則に反するということはできないので同票の効力を否定すべきではない。

(ロ)  2は、岩尾候補の氏名上欄の○をつける欄の記号は○の印で押捺する際に○の記号が多少ずれてつけられたもので岩尾候補に投票しようとする選挙人の意思は明白であり、また同候補者氏名欄及びその左側欄外につけられた印は、選挙人が右○の印を押捺する際に誤つて汚損したもので有意の他事記載とは認められないので同票は有効と解する。

(ハ)  3、4はいずれも岩尾候補の氏名欄に不完全ながら○の記号が顕出されており、3は○の印で押捺する際に完全な○記号にならず三日月形になつたので、更に重ねて○の印を押捺した結果三日月形が二、三個重なつて顕出されたものと認められ、4は○の印の端で○の記号を手記したが完全な○記号とならず楕円形となつたものと認められ、いずれも岩尾候補に対する選挙人の投票意思は明らかであつて単なる雑事記載と認めることはできないので右各票はいずれも有効である。

(ニ)  5、6はいずれも岩尾候補の氏名上欄に○の印を押捺したが乾燥前に折りたたんだため、墨が松岡候補の氏名上欄に写つたもので選挙人の岩尾候補に対する投票意思は明らかであるから無効とする理由はない。

(ホ)  7、8はいずれも○の記号としては不完全ではあるが、右二票とも○の印で押捺したものがその一部しか顕出されなかつたものと認められ、岩尾候補の氏名上欄の○をつける欄内及び欄外にまたがつて記載されているので、いずれも岩尾候補に投票する意思が明らかであるから有効である。

(ヘ)  9は岩尾候補の氏名上欄には完全な○の記号が記載されており、松岡候補の氏名上欄には一たん○の印を押した後、更にその上から○の印を数回に亘つて押捺して先に記載した○の記号を抹消しようとした跡が見受けられるので、選挙人の岩尾候補に対する投票意思は明らかであり、松岡候補の氏名上欄の記載は誤記を訂正したものと認められるので有意の他事記載ではなく、同票は有効というべきである。

(ト)  10、11、12は、いずれも○の記号としては不完全ではあるが岩尾候補に投票しようとする意思をもつて同候補の氏名上欄に○の印の端で○の記号を手記したものと認められるので右三票は有効である。

(チ)  13、14は一見したところ○の記号を記載したものではなく単なる汚損のように見えるが、仔細に点検し、特に裏面からすかして見ると、いずれも岩尾候補の氏名上欄に○の印の跡が見受けられ、用紙の裏面に墨がついているところから判断すれば、選挙人はスタンプ台の上に投票用紙を置き、同用紙の表面から○の印を押捺したため、墨が用紙に浸透して自然に拡がつたものと認められ、選挙人が故意に黒く塗りつぶしたものでも、単なる汚損でもないから右二票はいずれも有効である。

(リ)  15、16、17、18は、いずれも岩尾候補の氏名上欄に○の印を押捺したもので、16、17、18は右押印の前後に選挙人が○の印の端で○の記号を手記しようとしたものであり、15は○印を押捺する際に誤つてつけられたものであつて、いずれも抹消の意思は認められないから、岩尾候補に対する有効投票といわなければならない。

(ヌ)  19、20は岩尾候補の氏名上欄に○の印を押捺したもので選挙人の投票意思は明らかであり、○記号の下の記載は、○印を押捺する際に誤つてつけられたもので、有意の他事記載とは認め難いから、右二票は有効である。

(ル)  21は不在者投票であつて、候補者氏名欄に岩尾豊と記載されているが、その記載方法は同欄の右上に姓を左下に名をそれぞれ分離して記載しているけれども選挙人の真面目な投票意思が認められないわけではないから、無効とする理由がない。

(ヲ)  22、23、24、25、26の五票は、岩尾候補の氏名上欄に○の記号を記載したものでいずれも岩尾候補に対する意思が明らかであり、松岡候補の氏名上欄につけられたしるしは、選挙人が松岡候補に○の記号を記載しかけてその誤りに気づき、中途で記載を中止したものと認められるので右五票は有効である。

(ワ)  27は不在者投票で候補者氏名欄に「イウタカ」と記載してあるが、右は「イワオユタカ」の「ユタカ」を書き誤つて「イウタカ」と記載したものと認められ、選挙人がふざけて「言うたか」、「言わないか」という意味で右記載をしたものとは解し難いから、右投票は岩尾候補に対する有効投票と認むべきである。

(カ)  28は、鑑定人竹下圭吾、同本山紀彦の各鑑定の結果によれば、「メフンイワオユタカ」と点字で記載されていることが認められ、被告が主張する如く「メフン」の部分はある文字を記載してそれを抹消したものと認めるに足る証拠がないので右は意識的な他事記載というべく、公職選挙法第四六条の二で準用する同法第六八条第五号に該当し無効といわなければならない。

(ヨ)  29は、前記各鑑定人の鑑定の結果によれば「イツオ」と点字で記載されているが、この場合の「ツ」は促音であつて、点字の場合には「ワ」と右促音とは共に一つの点で表わされ単に打刻する場所が一行違うのみであることが認められるから、右「イツオ」と記載されているのは、選挙人が「イワオ」と記載すべきところを誤つたものと解するのが相当である。よつて右点字投票は岩尾候補に対する有効投票と認むべきものである。

(タ)  30、31、32、33、34、35、36の七票は、一見すれば選挙人が故意に○の記号を黒く塗りつぶしたいわゆるタドン票の如き外観を呈しているが、仔細に検討すれば、右各票はいずれも○の印を押捺した跡が見受けられるから、選挙人が○の印を押す際に墨が多すぎたため、自然に墨が○記号の内側に浸潤して前記外観を呈するに至つたものと認められる。従つて右七票はいわゆるタドン票とは異り岩尾候補に対する有効投票といわなければならない。

(レ)  37、38、39は、選挙人が岩尾候補の氏名上欄に○印を押捺する代りに○の印の端で○の記号を手記したものであり、完全な○ではないが選挙人の真面目な投票意思が認められるから有効である。

(ソ)  40は、岩尾候補の氏名上欄の記載は三日月状の三個の記号から成つているが、右はいずれも○印の一部であり、選挙人が完全な○の記号を記載しようとして三回に亘つて○印を押捺したものと認められるから有効投票である。

(ツ)  41は前記(タ)と同様、選挙人が故意に黒く○記号を塗りつぶしたものではないから有効である。

(ネ)  42、43、44、45、46、47、48、49、50、51、52、53は、いずれも選挙人が岩尾候補に投票する意思で成規の欄に○の印を押捺し、あるいは○印の端で○記号を手記したが、それが不正確であつたため更に○の印を押しなおしたものと認められ、選挙人が○記号を抹消しようとして記載したものとは認め難いから、右一二票はすべて有効である。

(15)  松岡候補に対する有効投票と主張するものについて。

(イ)  54は、岩尾候補の氏名上欄に押捺された○の記号を、投票用紙を破つて取り除いているものであるが、同時に松岡候補の氏名上欄にも○の印を押捺していることから推認すれば、選挙人は誤つて岩尾候補に○の記号を記載したので、それを抹消する意思で投票用紙の○をつける欄の一部を破つたものと考えられ、その他の部分は明瞭に残存していて成規の用紙であることを認めるのに支障はなく、また右破損によつて選挙人が投票意思を放棄したものとは認められないので、右投票は松岡候補に対する有効投票と解すべきである。

(ロ)  55は、松岡候補の氏名欄左側欄外に○の印を押捺したもので、同候補の氏名欄の区画線に接着してはいるが、投票用紙の○をつける欄及び候補者氏名欄のいずれの欄内にも記載されていないので、選挙人がどの候補者に投票したかを確認し難く、無効投票とするのが相当である。

(ハ)  56、57、58、59は、いずれも松岡候補の氏名欄右側に、区画線に接着して○の印が押捺されているが、右(ロ)と同様の理由により右四票は無効である。

(ニ)  60、61は、いずれも投票用紙の裏面から押捺したもので、成規の○の記号の記載方法によらない無効投票である。

(ホ)  62、63、64、65、66、67、68、69、70、71は、いずれも松岡候補の氏名上欄に○の記号を記載したほか、岩尾候補の氏名を線を引いて抹消したもの、あるいは岩尾候補の氏名上欄に×またはレを記載したもので、有意の他事記載であるから右一〇票は無効といわなければならない。

(ヘ)  72、73、74は、いずれも○の記号とは認められず、仮りに選挙人が○印の端で○の記号を手記しようとしたものであると解しても、内側を黒く塗りつぶしてあつて、いわゆるタドン票というべきものであるから無効投票である。

(ト)  75、77は、松岡候補の氏名上欄に○の記号を記載したうえ、右氏名欄内またはその欄外に墨で「マツオカ」と記載しており、76は、両候補の氏名欄の中間に「マツヲカアキラ」と記載してその下に○の印を押捺したもので、いずれも意識的な他事記載であるから無効である。

(チ)  78は○の記号を記載したものとは認められないので無効である。仮りに一たん○の記号を記載したものと認められるにしても選挙人においてその後の○印の端でこれを抹消したものと推認されるから無効投票といわなければならない。

(リ)  79は、松岡候補の氏名欄に不完全ではあるが○の記号を手記し、更に岩尾候補の氏名欄に判読し難いが何らかの文字を記載していることが認められるので、意識的な他事を記載した無効投票である。

(ヌ)  80、81、82、83は、いずれも松岡候補の氏名上欄に○の印を押捺したほか、投票用紙の右側欄外の両候補の氏名欄とは何らの関係もない部分に、更にもう一個の○の印を押捺しているもので、これは投票用紙を折りまげた際に墨が写つたもの、あるいは単なる過失によつて○の印を押し間違えたものとは認められないので有意の他事記載として無効とすべきものである。

(ル)  84は、松岡候補の氏名欄の左側欄外に○の印を押捺したもので、前記(15)(ロ)と同様の理由により無効である。

以上認定したとおり(14)、(15)に記載した各投票中23の岩尾候補に対する投票は無効であり、54の松岡候補に対する投票は有効と解すべきであるが、その余の各投票については、被告の裁決は正当であり変更の必要を認めないものである。

(三)  補助参加人の予備的主張について。

補助参加人は原告らが主張する54の松岡候補に対する投票が有効であるならば、173、174の二票も有効とすべきものであると主張するので按ずるに、173は岩尾候補の氏名上欄に○の印を押捺し、松岡候補の氏名上欄の○をつける欄を破り取つており174は岩尾候補の氏名上欄に○の印を押捺し、松岡候補の氏名上欄中○の印を押捺したものと思われる部分のみ丸く破りとつているが、右二票についても前記(15)(イ)において判断したところと同一の理由により、岩尾候補に対する有効投票と解する。

(四)  結論

以上説示したところにより岩尾、松岡両候補の各有効投票を計算すると、岩尾候補の得票数は被告の裁決に示された同候補の二七、九三〇票から前記28の一票を減じ173、174の二票を加算して合計二七、九三一票となるのに対し、松岡候補の得票数は、被告の裁決に示された同候補の二七、九一四票に、前記54の一票を加算した合計二七、九一五票となり、岩尾候補の有効得票数が松岡候補のそれを一六票だけ上廻ることが計算上明らかである。

とすれば前記(1)、(ロ)、及び(4)、(B)において認定した選挙執行機関の規定違反による無効票合計一一票を当選者である岩尾豊の右得票数から差し引いても、なお松岡明の得票数より五票多くなるから、選挙の結果に異動を及ぼすことはなく、被告のなした本件裁決は結論において正当であり、原告らの主張は採用することができない。

よつて原告らの本訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第九四条後段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中園原一 江崎弥 藤島利行)

(別紙一~四省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例